アレ・アブレウ監督のアニメーション映画「父を探して」(米国公開タイトル「Boy and the World」)は、これまでにない作品だ。毎年、ピクサー、ドリームワークス、ソニー・ピクチャーズ・アニメーションが、(「インサイド・ヘッド」や「ミニオンズ」のような)アニメの超大作で世界を席巻する一方で、野心的で円熟した海外のアニメーション映画が、受賞歴を持つ配給会社GKIDS によって、特に目立った宣伝もなくリリースされている。GKIDSの配給する作品は、アカデミー賞のダークホース的な存在となることも多い。2010年にはすばらしいファンタジー映画「ブレンダンとケルズの秘密」(日本未公開)やスペインのミュージカルロマンス「チコとリタ」(2011,13年ラテンビート映画祭にて上映)が、そして翌年以降は「くまのアーネストおじさんとセレスティーヌ」(2015年日本公開)、「ソング・オブ・ザ・シー 海のうた」(2016夏日本公開予定)、 「かぐや姫の物語」(2013年日本公開)といった作品が公開され、いずれも高い評価を受けている。

 この作品は、少年クーカを主人公とする長旅を描いた躍動感あふれるアニメだ(※注:本編で少年の名前は特に明らかにされていないが、米国公開時には、主人公の少年にクーカ/Cucaという名前があるものとして宣伝された)。クーカは田舎で平和に暮らしていたが、父親が大都会に出稼ぎに行ってしまったことで生活が一変する。父親との別れがきっかけとなり、クーカもまた都会へと旅立つ。旅の間クーカは、ブラジルのさまざまな風景や音の世界を経験する。

 国内の政治的・社会的状況にスポットライトを当てるという、ブラジルのロードムービーの長い伝統から生まれたこの作品は、心に残るアニメーションを通じてそれを実践するとともに、地方と都会の著しい格差をも描いている。 この映画は、数々の目を見張るような抽象的映像や、多彩な色彩を見せる一方で、社会政治、環境、経済といった大人の問題を根底のテーマにしている。そのため、子どもをいかに惹きつけるかが生き残りを左右するアニメーション分野において、アブレウ監督の視点は驚くほどに大人のものである。

   だからといって、この映画が子どもを魅了しないわけではない。緻密な手描きのスタイルや想像性豊かな風景からも、むしろその逆である。しかしアブレウ監督が目指すのは、この作品に大人の感覚を持たせることだ。アブレウ監督は、今週初めに本作について語った際、ありきたりな家族向けのアニメよりも、政治的なアニメーション映画を好んでいると語った。アブレウ監督は12歳の時に、フランス人監督ルネ・ラルーによって1972年に制作されたシュールレアリズムのアニメーション映画「ファンタスティック・プラネット」に夢中になった。アブレウ監督はこの映画を、どのような映画監督になりたいかを考える上での転機になったと述べている。

 アブレウ監督は「ファンタスティック・プラネット」について、「この映画は私にとって、新しいタイプのアニメーションやストーリーに目を開かせてくれました」と語っている。「ファンタスティック・プラネット」は切り絵によるストップ・モーションを使用して、巨大なエイリアンが支配する惑星に暮らす人間社会のストーリーを伝えている。ルネ・ラルー監督はアニメーションを通じて、人種についての現代の寓話を作り出した。アブレウ監督が取り組み続けるのは、アニメーションという普遍的な分野で大人のテーマを扱うという、まさにこのアイデアなのだ。当然ながらAアブレウ監督は、高畑勲と宮崎駿による、政治的問題に着想を得たスタジオジブリの映画が、自らの作品に影響を与えているとも述べている。

 アニメーション分野におけるこれらの古典的作品と同様に、「父を探して」も子どもらしい活気と驚きを通じて、重いテーマや社会的経験に取り組んでいる。アブレウ監督はこの作品について、「これは、祖国ブラジルを形成した歴史的背景や状況の下で育った、一人のラテンアメリカ人の監督についての映画なのです」と語っている。

 「しかし、ストーリーそのものは自伝ではありませんし、私自身に関することは取り上げていません。 この映画では主に、世界で起きていることや、それを理解していないことに対する考えを扱っています。ブラジル人は長年、様々な独裁政権を経験しました。独裁政権下の70年代から80年代に成長し、自己表現をすることはとても難しいことでした。この時代に自己表現をするということは、国民を抑圧しようとする社会の中で、自分自身を見つけることだったのですから」

 幼いクーカの想像力に富んだ視点を通じて作られている点が、この映画とテーマを親しみやすいものにしている。 クーカは世界を、無限の明るい色彩や形で構成された交響楽のメロディーとして捉えている。そのためアブレウ監督は、印象的なビジュアルによる優れた方法で、自らのテーマを伝えることに成功している。ともすれば強引で説教じみたものになりがちなテーマを、映画の根底に流れるパワフルなテーマにしており、それを通じてAbreu氏は、自らが選んだすべてのことを掘り下げているのである。 一例を挙げると、クーカがいつの間にか森の中にいた時、木や動物たちは楽団になり、音や色彩によって自然界とクーカを結びつけている。一方で、クーカが訪れた農園での暮らしは、機械のように左右対称の形をした硬直した組織であり、貧しい人々が暮らしのために耐えなければならない、日々のつらい仕事を表現している。

   「私がこの小さな男の子の世界に引き込まれたのは、まさにクーカという存在があったからでした。 時々、この映画の監督はクーカであって、私ではないと感じることがあります。たとえ大都会が人間らしさに欠けて硬直化し、田舎は辺ぴで貧しくても、子どもの目から見れば、どんなものにも変わる力があるため、私は幼い少年クーカの視点で世界を見ようとしました。威圧的な社会でも、子どもは可能性を信じています。 子どもは私たちに希望を教えてくれると同時に、子どもにとって可能なことは、私たち大人が何歳になっても可能であり、新しいだけでなく、よりよい世界を生み出すことができるはずだと教えてくれるのです」

 
 アブレウ監督はこの映画の製作に3年を費やした。 アニメーション化の過程では数人のアシスタントを得たが、背景と登場人物すべての作画はアブレウ監督自身が担当している。 映画の半分は手作業によるもので、残り半分はデジタル制作だが、アブレウ監督はデジタル制作の際にも、手描きのアニメーションの持つ有機的なタッチを保つことが非常に大切なのだとスタッフに指示している。アブレウ監督は、最終的な作品を、米国でよく見かけるアニメ映画のような仕上がりにはしたくなかった。目の前のスクリーンを眺めるのではなく、まっさらなページに登場人物や色彩が現れては消え、変化し続けるさまをじっと見つめるかのような擬似体験を生み出そうとしたのである。

   「この映画のメッセージはポジティブなものですが、アニメ化して、メッセージを的確に表現することは、とても骨の折れるプロセスで大変な作業でした(笑)。観客には、無限の可能性を秘めたまっさらな紙の前に、単に座っているだけではないという感覚を味わってもらいたかったのです。デジタル制作の部分でこれを実現するために、デジタルデザインの第一稿を印刷して、ライティングボードに置きました。イラストを別の紙にコピーして、新たに描いたものをスキャンしてコンピュータに入力し、アフターエフェクトや他の機器を使って、動作の部分を補いました。 デジタルで制作した部分にも、手描きの味を持たせたかったのです」その結果、今年制作されたどのアニメ映画とも、見た目や動きが異なる映画が出来上がった。特にクーカや家族のデザインに関しては、最初はシンプルな棒や線で描かれているが、クーカが国中を旅して、きらびやかなイメージの大都会にたどり着くにつれて存在感を増し、一層生き生きとしてくる。

   サウンド面においても、この映画は独特である。アブレウ監督はいつも音楽を聴きながら映画の構想を練るが、本作でも例外ではない。バンド「シガー・ロス」やブラジルのミュージシャンのおかげで、この映画のために作りたかった音のデザインを見つけることができたと述べている。「シガー・ロス」のこの世のものとは思えない美しい歌声と、ブラジルミュージシャンの躍動感が相まって大きな影響を与え、この映画を、個人の人格形成における国の役割について瞑想的に深く考えると同時に、生き生きとした成長の旅を描いた作品に作り上げている。

   これらの型破りな方法が、この映画をアニメーション分野における挑発的で異端ともいえる存在にしている。アブレウ監督は自らがどのような作品を制作しているか十分認識しており、今回プロジェクトに命を吹き込むために用いたインディーのメンタリティを、自分自身を映画そのものと同一化する、自己表現として捉えている。

 「この映画は政治や環境に関する問題から生まれたため、従来のアニメ業界の手法には従わずに済んだのです。一方そのために、現在のアニメ業界とは正反対の、インディペンデントで過激ともいえる方法で、制作せざるを得ませんでした。私がこの映画を制作した方法そのものが政治的なメッセージなのです。表現の自由を求める叫び、従来の主流派のやり方との決別、巨大なアニメ産業が私たちの息の根を止めようとしていることへの嘆き、そして現在のアニメ産業からの独立を求める叫びなのです。つまりこれは、アニメーションのクリエイティブな可能性についてのメッセージなのです」

 クーカはアブレウ監督そのものではないのかもしれないが、彼らの旅は、自己表現への励ましを与えてくれる。 「父を探して」はこの1年間、数々のフェスティバルに参加し、40の国際的な賞を受賞した(※2015年末時点。1/18の時点では44の映画賞を受賞)。本作品は本日、ロサンゼルスとニューヨークの映画館で上映される。