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アニメーション・トラベラーズ! 日本とシンガポールのワークショップによる交流(2016年11月5日)

「アニメーション・トラベラーズ! 日本とシンガポールのワークショップによる交流」

2016年11月5日@新千歳空港ターミナルビル 4Fオアシス・パーク

登壇者:川口恵里、池亜佐美、平岡政展、カピー・イーパック

司会:土居伸彰

土居伸彰
本日はみなさんご来場ありがとうございます。新千歳空港国際アニメーション映画祭のフェスティバル・ディレクターの土居伸彰です。これからのプログラムはANIME-ASEAN一年目の報告会となります。

ANIME-ASEANプロジェクトは、日本と東南アジアのインディペンデント・アニメーション作家の交流プロジェクトとなっております。国際交流基金アジアセンターから助成金をいただきまして、日本の作家を東南アジアに派遣、さらには東南アジアの作家を日本に派遣し、実際に交流を行うことで制作や意見交換などを進めていくものです。

日本人にとって、東南アジアのアニメーション作品というのはあまりなじみのないものだと思います。そんな中で東南アジアのアニメーションについて知っていく。もしくは、東南アジアの国々に対しては、日本はインディペンデント・アニメーションの歴史がより長い歴史があると思うので、この交流プロジェクトを通じて、インディペンデント作家のあり方を東南アジアの方で広めていく。世界的にみても、あまり歴史のない国のアニメーションというものが、逆にアニメーションの知られざるポテンシャルを掘り当てるケースがある。そういった新しいアニメーションのあり方が日本のアーティストにまた影響を与える、ということが起こることによって、日本と東南アジアの両方で、インディペンデント作家の活動が活発化していくといいんじゃないかと思っています。

本日の報告会プログラムでは、実際にそのプログラムに参加したシンガポールの作家そして日本の作家をお招きして、それぞれの国で行ったワークショップの成果発表や、それぞれの国に行ってみてどんなアニメーション文化の違いというのを感じたか、そういったお話しを実際に聞いてみたいなと思っています。

それではまず、シンガポールからお招きしている、カピー・イーパックさんをお迎えいたしまして、日本での滞在のお話をお聞きしていきたいと思います。カピーさんは、おそらくこの前の5月に日本に初めていらして、ほぼ一ヶ月の間に東京をはじめ様々な都市を回りました。全体の旅の印象というのはどういったものでしたか?

カピー・イーパック
私が初めて訪れた日本でどのような体験をしたのか、みなさんと共有できればと思います。ANIME-ASEANプログラムのおかげで、東京、山口、札幌、長野といういくつかの都市を訪問できました。全体としての印象はとても素晴らしかった。東南アジアで出会うものとまったく違うものに出会えた印象です。

私の印象では、日本におけるアニメーションや芸術はとても多彩で、東南アジアに比べるととても進んでいると思いました。

土居
ここに来る前の日本の、とりわけアニメーションに対する印象というのは、どんなものがありましたか?

カピー
日本に実際に来る前は、日本のアニメーションに対する印象は、アニメやマンガによるものでした。とても商業的で、多くの人々にアピールしている。メインストリームのメディアではそういった情報しか得られませんから、実際に来るまでには、それがすべての印象でした。

土居
カピーさんには、9月にシンガポールの方で交流プログラムをした際に、日本のアニメーション作品を観てもらったり、日本のアニメーション作家と交流してもらったりしましたので、後ほど日本のインディペンデント・アニメーションを観ての印象、というのをお聞きしたいなと思っています。

続いて、9月にシンガポールで日本人作家がやったワークショップについて話をしたいと思います。

本日は、シンガポールを訪問した3名、川口恵里さん、池亜佐美さん、平岡政展さんをお迎えしています。この三名のメソッドを、シンガポールのラ・サール芸術大学や南洋理工大学のアニメーション科の学生に伝えるというようなことをやってきました。

そのことについて、みなさんにちょっとお話聞いていきます。おそらく、日本の学校と結構教えていることが違うなと感じた思うんですけれども、そこらへんのみなさんの印象を聞いていいでしょうか。

川口恵里
特にラ・サール芸術大学を訪れた時には、ちょうど三年生の授業中でそこを見せて頂いたんですけれど、3人で1作品を作るっていう形態がもうカリキュラムとして決まっているようでした。そこでもう全然違うんだなという印象を受けました。

池亜佐美
部屋中にストーリーボードが貼ってあったりだとか、北米の商業アニメーションみたいに、ちゃんとフローチャートに沿って、型に沿ったかたちでアニメーションを作ろうとしていましたし、機材も日本の学校よりもはるかに……(笑)

土居
お金あるんだなって(笑)。

川口
南洋理工大学では全員に液晶タブレットが配られていたり、モーションキャプチャーをするスタジオがあったり、凄くリッチな学校だなっていう印象を受けました。

平岡政展
わりと専門学校に近いというか、就職をきちんと考えている授業が行われていたので、ちょっとその辺が日本の美大とはちょっと違うのかな、とは思いました。

土居
産業へ貢献する人材を育てるという意識が明確に感じられましたね。一方で、この三名の日本人作家は、もうちょっと個人的に、アーティスティックにアニメーションを展開していくようなことをやっています。彼らのワークショップは、そこらへんを非常に重視した印象がありました。自分の中の秘密の領域を探っていくというか……そのあたりの話をもっと伺いたく思っています。どんなワークショップしたのかというのを教えてもらっていいですか? まず川口さんと池さんです。二人には一緒にコマ撮りのワークショップをしてもらいました。

川口
はい、我々のワークショップは、私の『花と嫁』という作品をまず上映して、その後、私の作品の作り方や発想の仕方をお話ししました。ある晩、自転車に乗って道路を走っていたら、白いゴミ袋のようなものが花嫁に見えたということがありました。世界をとても主観的に見たというか、錯覚が起きる経験があった。『花と嫁』は、人は自分の中の記憶を動員してすごく都合の良い見方をすることがあるのだなというのが面白いと思い、作りはじめた作品です。

なので、何もないところから自分の中にある動きや何かを探してもらえるワークショップになったらなと思いまして、「空を作る」という題名のものにしました。参加者にいろいろな素材を持ち寄ってもらって、こちらでも綿を用意して、4人ぐらいでチームを作って一つの撮影台で撮影する。南洋理工大学には立派な線画台がたくさんありました。でも、線画台を使う機会はあまりないということだったので、まずは使い方の説明をして、4人を2人ずつにチーム分けして、それぞれのチームがひとつずつ空を作るということを一回やってもらいました。そのあとにその結果を上映して、その後、まず一人が一秒間の動画を作り、それを引き継いで次の人がもう一秒、その次の人がさらに一秒……という交換形式で作ってもらいました。

土居
ある意味でいうと自分の無意識を探るようなメソッドを試したわけですが、実際にやってみて、どんなような印象を持ちましたか?

川口
シンガポールに滞在しているあいだずっと、「シンガポールのアニメーションにはどこにオリジナリティがあるのか」っていうことを問われながら生活していたような気がしていまして、特に見学させてもらった学校ではキャラクターやストーリーにオリジナリティを見出す傾向があるのかなと思いました。このワークショップをすることで、「この画面がどう見えるか」というその見え方にオリジナリティを見出すことがあっても良いんじゃないかとか、そこから得る感覚自体にオリジナリティを探すというやり方もあるというのを体験してもらえたのはよかったなと思います。


そうですね。まったく無計画で作るということに反応してもらえるのかというのが心配ではあったんですけど、思ったよりも柔軟にやってもらえて、想像を超える瞬間がすごくたくさんあったので、良かったです。

土居
そのワークショップの中で印象的なことを二人は言っていました。二人とも東京藝術大学大学院の出身なんですけれども、「うちの学校ではよくできたものを作っても何も褒められない、観たことがないものが出てきた時ときにはすごく褒められる」と。そういったところは、シンガポールの人たちにとってアニメーションに対する違う考え方として伝わったのではないかなと、僕としても肌でも感じました。

平岡さんには、ドローイングのアニメーションのワークショップをしてもらいました。ラ・サール芸術大学と南洋理工大学の学生が20台のペンタブレットを使ってワークショップをしました。

平岡
手描きで1秒半のループのアニメーション映像を作って、それに対して別の人が連動したアニメーションをつくっていく。その過程を続けていき、ループをどんどん増やしていく。自分一人のアニメーションじゃなくて、他人がどんどん入っていって世界が広がっていく、というワークショップをしました。

土居
その意図というのは?

平岡
自分ひとりでアニメーションを作っていくと、やっぱり自己完結型というか、ある種の型にはまってしまう。今回のワークショップのようなやり方だと、他の人が自分の動きに対してリアクションをしたり、思いもよらないことが起きていって、そこで新たな動きの面白さや表現することの面白さを感じることができるのではないかと思い、それを目的にやってみました。

土居
実際にできあがった映像を観て、どんな印象を抱きましたか?

平岡
抽象的なアニメーションから始まったのにすごく具象的なモチーフが出てきたりとか、具象と抽象の間みたいなアニメーションが出来たりとか、思いもよらないものに別のアニメーションが加わってまた別のストーリーが出来たりとか、アニメーションの広がりができあがっていくのをリアルタイムで感じたのが面白かったです。

土居
平岡流のメタモルフォーゼの作り方の話をしていたじゃないですか。そこらへんもちょっとシェアしてもらってもいいですか?

平岡
僕がアニメーションを作るときには、三角から四角にかたちを変えるというのをベースに考えています。そのあいだをどういうふうに見せるかというのが、アニメーションの面白さというか、動きの面白さだと思っている。なのでまず、丸から三角へという動きをみんなに作ってもらいました。そのあいだの変容を、人にどうやって面白く見てもらうかを考える課題です。

土居
カピーさんが札幌で行ったワークショップについて教えてもらってもいいですか?

カピー
タン・ウェイ・キョンと私は札幌で「アニメーション・トラベラーズ!」というワークショップをやりました。(本日はいませんが)タン・ウェイ・キョンにとってアニメーションは彼自身の感情を捉える手段なんです。なので、感情というものがとても重要になってくる。私にとっては、アニメーションは物語を語るためのとても強力な手段です。その2つを組み合わせるために、ワークショップの参加者は、予期せぬ2つの要素を組み合わせることで自分自身の物語を語るというものにしました。

私たちは参加者にアイテムの入った箱を渡しました。参加者は、自分がかつてした旅行についての物語を語るのですが、その物語は、自分が選んだアイテムを混ぜ込ませないといけない。

この過程が孕んでいる自発性のおかげで、みな、とても面白い物語を作り上げることができました。その後その物語を実際のアニメーションのループにしました。あまり時間がなかったので長いものは作れず、短いものをループさせることにしたのです。

結果を見てとても驚きましたし、ショックも受けました。とりわけ、ワークショップの参加者のほとんどはアニメーションの勉強をしたことがなかったのに、できあがったものはとても素晴らしかったのです。みな優れたユーモアのセンスを持っていて、出来上がったアニメーションを何度も観続けてしまいました。とても気に入りましたよ。

土居
長野での滞在制作についても教えてください。

カピー
幸運なことに、2週間、長野で滞在制作をすることができました。そこで、長野という場所やそこに住む人々についての作品を作ることになりました。私は「びんずるさん」の像にとても惹かれました。「びんずるさん」は善光寺のなかにいるのですが、参詣者たちはその顔や身体を触るんです。なぜなら、触った部分の身体が良くなると信じられているからです。「びんずるさん」は触られつづけてしまったので、顔はもう擦れて消えてしまっています。どんな顔だったのかわからないんです。

そこで私は、「びんずるさん」のオリジナルの顔を想像して描いてほしいと長野の人たちに頼みました。彼らが紙に描いたそのポートレイトから、私は作品を作りました。まず「びんずるさん」の絵画を描いて、顔が次々と長野の人たちが想像したものに変容していくアニメーションを作りました。そしてそのアニメーションを絵画に映写したものを、インスタレーションとして発表しました。

長野の人たちが「びんずるさん」の顔を想像して描いてくれたお礼に、私は参加者の顔を描いたポートレイトをプレゼントしました。そこで気づいたのですが、彼らが描いた「びんずるさん」の顔は、実際には彼ら自身のポートレイトになっているのです。このことは、私自身の調査ともつながりました。人間の物理的な見た目と形而上学的な見た目のあいだには、なにかしらのリンクがあるということです。

土居
カピーさんは、今回実際シンガポールで日本の作家たちと交流してみて、どういうような印象を受けましたか?

カピー
実際に日本の作品を拝見してわかったのは、日本のアニメーションはシンガポールと比べてとても成熟しているということですね。どの作家も自分自身のアイデンティティを深く探っているなと。だからこそ、プログラム全体として、とても多様で興味深いミックスができあがっているのだなと感じました。

土居
お互い交流することによって、その国の多様性・多様な民族のあり方だったり、逆に自分自身の民族性を見出したり、お互いにとって発見があった旅だったのかなと思います。そういえば、南洋理工大学ではイシュ・パテルという作家さんが教えていて、ワークショップをやってるときにちょうど来てくれたんですよね。日本でかつて、山村浩二さんがイシュ・パテルのワークショップを1986年に受けて、「アニメーション作家っていう存在というものを知った」という話を本に書かれていた。パテルさんはつまり、日本人に「アニメーション・アーティスト」という存在を伝えた方。その方が、ある意味でいうと、「アニメーション・アーティスト」というような概念をシンガポールで伝えようとした試みの最中に偶然居合わせてくれたというのは、何かしら非常に象徴的な光景だったなと思いました。